懐かしき奈留島の三月節句

 

みなさんこんにちは!二拠点移住ライターの北川です。

 <そろそろ桃の節句です>

 3月3日桃の節句が近づいてきましたね。女の子がいらっしゃるご家庭では、お雛様を飾りながら、色々と準備をされている時期ではないでしょうか。我が家のお雛様は、私が嫁入り道具のひとつとして持ってきたものになりますが、最近は忙しさを理由に飾ることもなく、‘ひな祭り’を楽しむ習慣も薄れてきていました。

 

3月3日を意識しない日々が数年続いていたのですが、昨年、東京滞在中に、主人の叔母(お義父さんの妹)から‘目黒雅叙園の百段雛祭’なるものに誘われ、久しぶりに‘桃の節句’を楽しみました。この時期になると毎年開催されているイベントですが、この年は九州7県に伝わる歴史ある雛人形が展示されていました。そんなこともあり、ふと、昭和初期頃の奈留島では、‘桃の節句’をどんなふうに過ごしていたのか興味がわいてきました。

 

<奈留島の三月節句>

奈留島出身の山本スミさんがお書きになった「懐かしき奈留島物語」という本によると、桃の節句のことを三月節句とし、幼少期の想い出をつづられていました。当時は、特にお雛様を飾るという習慣がなかったようです。だからと言って、行事自体を楽しむ人が少なかったということではなく、お祭りや節句は人々の最大の楽しみでもあったと記されていました。

 <節句料理のお重開き>

節句前には、どの家庭でも蒲鉾をこしらえていたようです。色粉で松や梅の模様を蒲鉾の中に入れたり、外側を昆布で巻いたりと、女の子の節句を祝う気持ちが込められた仕上がりだったようです。

(写真はイメージです)

 

山本さんが幼い頃の三月節句では、お母様が一晩中料理をこしらえて、お重を用意してくれており、そのお重開きが楽しみだったと話されています。

 山本さんの節句料理を少し紹介すると、ご飯物は、巻寿し、豆ご飯、まぜご飯のおにぎりなど。お重には、お煮しめ、芋の天ぷら、ゆで卵、高野豆腐、厚焼卵、蒲鉾、茹でたサザエなどのおかず、元禄巻や寒天、羊羹などのお菓子が一緒に詰められていたようです。まるでお正月のおせち料理のような華やかさですね。

(写真はイメージです)

  <子どもたちの桃の節句の楽しみ方>

子どもたちは、お母さんがこしらえてくれたお重を持って山や磯へ行き、お友達とお料理を見せ合いながら食べたようです。「自分のお重を下げて、春を満喫しながら、たくさんのご馳走を食べられるのは三月節句だけだった」と山本さんはお話しされているので、子供たちにとって、とても特別な日だったことがわかります。

 <一生忘れられない桃の節句>

お雛様を飾らなくとも、おかあさんの手作り料理とお友達と自然の中で過ごす桃の節句は、当時の女の子達にとって、なによりも楽しく、一生忘れられない想い出になったことでしょう。

九州のお雛様を見て、ふと知りたくなった奈留島の桃の節句。奈留島の古き良き時代をmikkeて、心が温まる私なのでした。

行って戻って奈留島
「mikke(ミッケ)」

長崎県五島市の真ん中、豊かな自然と人の宝庫です。ぜひ一度魅力を感じに来てください!一瞬でハマります。

ABOUTこの記事をかいた人

栄惠北川

東京・葛飾区より、五島列島の奈留島に移住。奈留島で島のためにできることを模索しながら、mikkeのライターとして記事を書いています。